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2007年8月11日 (土)

伝説の男

私のPCにはBASS用のフォルダがあり、その中にはこのバスログ用に写真がたくさんストックしてある。
その中に、ちょっと前に釣り部屋の整理をしているときに出てきた雑誌の広告に目を惹く人物がおり、それを写真に撮っておいたものがあった。

Basslog20070811a その人の名は‘毛利正敏’、元JBプロである。
現在のJBプロでも知っている人はかなり少ないと思うが、JBTA時代のJBを知っている人であれば誰でも知っているぐらい有名な選手であった。
得意な釣りはシャローの釣りで、とにかく強かった。
初めて会ったのはまだ私が大学生の時で、当時ボートを降ろすのに利用していた琵琶湖の大正寺川河口であった。
私は学生だったこともあり、その時は平日に琵琶湖へ来たので誰もいないと思っていたら、関東ナンバーの黄色い車が1台止まっていた。
そこにいたのは毛利プロであった。
話しをしているうちに、お互いに当時発足して間もなかったJリーグのジェフファンということもあり非常に話しが合った。
そして毛利プロといえば、ラバージグというイメージがあり、使っているラバージグは非常に気になった。
その話しを毛利プロに振ると、元々口数は少ない毛利プロは無言でタックルを持ち、草むらの中へピッチングした。
そして「ほら、引っ掛からないでしょ!」と言いながら回収した。
物凄く説得力があり、無駄がなく、気取らない自然な姿は非常に印象的で今でも鮮明に覚えている。
毛利プロこそ元祖シャローマンで、魚探も付けない事が多く、タックルもいつも2~3本しかボートには積んでいなかった。
トーナメントではいつも上位ではあるのだが、1つ乗り越えられない壁が毛利プロにはあった。
それは琵琶湖での優勝。
順位は2位が多く、更に初日はトップで折り返しているにもかかわらず抜かれての2位が多かった。
既に柳栄次なども頭角をあらわし始めた頃でもあり、シャローから2日間取ってくるのは不可能に近い雰囲気はあった。
でも彼は諦めず、長い時間を費やし努力を続けた。
そして94年の夏だったかな?並木プロと競って折り返し、誰もが並木プロ優勝と思っていた試合で、毛利プロが2日目も釣ってきて、念願の琵琶湖制覇を果たした時、あれは感動的であった。
毛利プロの釣り、そしてそれに対する地道な努力が遂に結果となって出たのだ。
その後も私と同じく学生であった神田プロの2人を食事に誘ってくれたりと、トッププロ気取りすることもなく非常にいい兄貴分であった。
毛利プロが琵琶湖に来ると必ず行くラーメン屋があるといって連れて行ってもらった天下一品は今でも好きなラーメン屋だ。
そして、いつも「30歳になったら辞める」と口にしていたが、本当に30歳になったらJBから去っていってしまった。

あの伝説の男が去ってからもう10年以上経つのかな?
その後色々なシャローマンが登場しているが、毛利正敏を超える者を見たことはない。
多くを語らず、原稿等も独特の理由で殆ど書かないスタイルであったこともあり、彼の資料などは殆ど残っていない。
正に伝説になりつつある。

今回は休日スペシャルで珍しくロン文にしてみた。
ただ、私は文章の読み書きは苦手なので、誤字脱字、おかしな表現等あるかもしれませんが、気にしない出ください!

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コメント

稲葉君久しぶりです、いつも拝見しています。
毛利さん懐かしいですね、あの当時のビデオ、シャローの好敵手、芦ノ湖偏で河辺さんと出てたやつ擦り切れるまで見ました。燃えていたあの頃の事を思い出しました。
僕も稲葉君と芦ノ湖であった頃はまだ稲葉君が学生でめっちゃ芦ノ湖強かった頃、お互い年を取りましたね。
ずっとトーナメンターでいてね、応援しています。
またどこかで。

投稿: さがらいとう | 2007年8月11日 (土) 09:53

この写真はがまかつのカタログだよね。
多分ラグゼRが出た年かその前の年位かな??
実は、僕もこの人の影響でラグゼを使い始めたんですわ。
河辺さんと出ていた箱根のビデオは良く見たよ~。
懐かしいねぇ~。
古き良き時代だったのかな??

投稿: Taku | 2007年8月11日 (土) 10:03

伊藤君お久し振りです。
その後の素晴らしい活躍は増田さんより聞いております。
芦ノ湖時代懐かしいですね。
またあの頃のようにみんなで精一杯戦いたいですね!
あの頃のようにプラも十分に行って、絶対に負けない状態で試合にまた挑める日のために今は環境を整えています。
また冬にでもミニトーナメントでもやりましょう!

TAKUさんも毛利さんの存在を知っていたんですね!
素晴らしい人でした。
あのような方がいつしか再び登場するのが楽しみです。

投稿: Basslog | 2007年8月11日 (土) 11:30

毛利さん懐かしいですね!あの沖からスッーとエンジン止めながら入ってきてのアシ打ち、格好良かったね。それに、あの頃の琵琶湖戦とか楽しかったね。天一だけは苦手だったけど!

投稿: 清水 | 2007年8月11日 (土) 20:46

清水さんの天一嫌いにもかかわらず、琵琶湖行くと必ず1回は天一に行っていましたね。
更に大先輩の清水さんにたかるとんでもない後輩達でしたね!(笑)

投稿: Basslog | 2007年8月12日 (日) 07:02

こんにちは。バスログいつも拝見しています。
毛利さん懐かしいですね。気取らず、気さくで、純粋に勝負師という感じで格好良かったです。

投稿: かんだまさき | 2007年8月14日 (火) 09:51

神田プロお久し振りです。
もう2年ぐらい会っていませんね。
毛利さんも下道派でしたが、琵琶湖といえば下道の思い出がたくさんありますよね。
国道23号に気付いた時の感動や、学校休めず強行した琵琶湖への日帰り下道往復など、今思えばいい思い出です。
久し振りに下で琵琶湖行きます!?(笑)

投稿: Basslog | 2007年8月14日 (火) 12:21

ありがとう・・・
友達の毛利を覚えてくれてて
自分はバスはしないがほかの釣りに毛利とよく行きます。相変わらずサイトフィッシングをして、大きく釣果を離されることもしばしばです。いまも釣りの好きなええおっさんで、ワームでアジや太刀魚、他いろんなつりを楽しんでます。
 以前釣りをしていて、そのとき高知には天下一品がなく「シチューのようなスープのラーメンがある」と熱く語ってくれたのを思い出しました。

投稿: 地元の友達 | 2007年8月19日 (日) 12:22

はじめまして!
毛利さんの友達ですか!
まだ釣りをしていると知ってなんだか安心しました。
そちらは釣りをするにはいい環境ですので毛利さんが釣りをしていないはずはないとは思っていましたが…(笑)
その後も、この毛利さんのことに関しては周囲からの反響が物凄く、やはりかなり注目されていた人物だったんだなぁと改めて実感しました。
毛利さんによろしくお伝えください。

投稿: Basslog | 2007年8月19日 (日) 22:02

彼の氏名検索してここに辿りつきました、伝説ですか?きっと本人はシャイで人見知り的な男ですので自分じゃ何も言わないでしょう。照れ隠しの「うひょひょひょほーい」と奇声を上げてるかも(笑)シャローというよりサイトでのバスハンターという印象が強いです。
「大森貴洋の渡米の背中を押したのは、俺だ!」「見えないバスは釣れる気がせん、というより釣る気がせんよ。」「売れる物作るんじゃなくて、良い物作れば売れる!(アイ付きマス針のプロトを見せながら)」私の記憶にある彼の語録の一部です。熱く、駄洒落好きで陽気な男でした^^。在京当時の友人です。

投稿: セレロンD | 2009年5月28日 (木) 20:28

セレロンDさん初めまして!
毛利さんの語録、なんとなく毛利さんが言っている光景が想像できます(笑)
30になったらトーナメント止めて実家に帰ると言っていましたが、まさか本当に帰ってしまうとは思いませんでした。成績が落ちてから去る選手が多い中、成績も絶頂の時期に潔く去ったところなんかも男らしさを感じます。毛利さんは、あまり語らないけど一言一言に筋の通った重みのある言葉ばかりでした。友人だったとはうらやましい限りです。

投稿: T.Inaba | 2009年5月28日 (木) 21:30

どうも初めまして、セレロンDというHN使っているオヤジです(笑)いきなり、変なコメントしてすいません。彼との思い出が色々出てきて最も短く書いたら、言葉足らすになってしまいました^^;
同行釣行約30回、プロ以前、プロ化を決めたスーパーカップ芦ノ湖戦、プロ後はプライベートの釣りで彼の釣りを最も近くで見ていた者です。彼は良くしゃべり、よく笑い、ビッグホーンの運転中もボートでも楽しかったとしか思い出せないです。
記事の事、帰京した時に「聞かれたから、見せた。」と言ってました。その心は「見れば、解る!」だったかな。
間接的に無事を確認できました、ありがとう♪

投稿: セレロンD | 2009年5月29日 (金) 01:40

スーパーカップ懐かしいですね!あの頃からメチャクチャ強かったですね!もう20年ぐらい前ですかね?当時はまだ高校生で、タックルボックスなんかを読んで憧れていました。そういえば毛利さんってスピニングでの釣りも独特のスタイルでしたね!

投稿: T.Inaba | 2009年5月29日 (金) 06:27

芦ノ湖戦の1匹はゲリヤマ4#パールホワイトのジグヘッドで獲った魚だったと記憶しています。Cクランプでフットコン付けて、レンタルボートでほぼエンジン船初釣行で3位入賞だったと(笑)確かに勝負師としての強さは持ってました。1度地和上がられました(爆)
二人での釣行ではスピニングの時間がほとんどでした。目が良く、遠くからでもバス見つけてましたので、元祖、目探じゃないのかな?(笑)「見れば食う魚かそうじゃないか解る」と言ってました。自分にはその違いが何なのかついに解りませんでしたけど。シーニンフ12K&ミンコタ、9.9馬力で戦ってましたので琵琶湖戦は辛かったみたいです。独特な釣り方は教えてもらいましたが、ここでは書けません。約束なので(笑)

投稿: セレロンD | 2009年5月30日 (土) 00:50

Cクランプにフットコンってのがあの当時は標準でしたね!24lbのエレキが主流でしたが今では24自体見掛ける事もないですね(笑)
確かに勝負強いかったし、サイトでの釣りの第一人者ですね!その後に出てきたサイトの強い人は多々居ますが、毛利さんを超えるような人は出てきません。琵琶湖でバスボートの強豪相手に12Kで戦う毛利さんカッコよかったです!アシの中にスッと入っていきアシの奥へスッと打ち込む姿は自然に溶け込んでいてきれいでした。釣り方も流行に左右されず自然で逆に新鮮でした!

投稿: T.Inaba | 2009年5月30日 (土) 10:29

今のトッププロなら出来てるか出来るんじゃないかと思いますが口使わせるのと食いつかせる小技と2種類ありました(笑)「もう古いよ」なのか「今でも使える」なのかは解りません。ルアー自体の集魚力が上がっているので不要かも。
手漕ぎのボート釣りから始めたので風でも惰性でも利用できるものは使うのが当然だから普通の事だと思います。
「俺の名前出して話してみれば?」と私が言った後日「半田君って良い奴だね!」と言ってましたからラバジに関しては半田君とのやりとりはあったと思います。電柱に向かってフリップ練習してたの見てるので、その成果でしょう。戦っている所は見たことがないので分かりませんが「無駄な事はせんよ、意味無い。」との割り切りの結果かと思います(笑)

投稿: セレロンD | 2009年5月31日 (日) 05:29

当時よりルアーは物凄い進歩しましたが、おそらく毛利さんが出ていればもっと進化していると思いますよ!
ハンダジグよく使っていましたね。無駄なことはしない…毛利さんらしい言葉ですね!

投稿: T.Inaba | 2009年5月31日 (日) 10:50

彼のトーナメンターとしての評価は当時からのトーナメンターにしか出来ない事と思いますので、そういう評価があることは単純に友人としては嬉しいです^^。
彼のビデオが出来た時「見る?」と言われて「あれは見て分かる?」と聞いたら「あれはなぁ・・・。」だったので「じゃ、いいや。」としてしまいました。偏光グラスを掛けて横で見たらと補えば、近づけるかもです。
トーナメントレベルは分かりませんが、釣りとしてはあれは使えました。ほぼ当時のセッティングでLじゃなくSに対してでしたが。
プロに対して失礼の言があったことお詫びします。自分の記憶の中の彼と違和感あったので書き込みしましたが、この辺にしときます。今後の稲葉プロの活躍を期待しています^^。

投稿: セレロンD | 2009年6月 1日 (月) 23:00

セレロンDさん、色々とありがとうございます!
毛利さんは公の場では、あの独特の理由であまり多くを語らないし、今は完全に引退してしまったので未知な部分って未だに多いと思います。
でも自分は色々と教わったことも多いし、いつも「聞きたいことあったら何でも聞いて」と言ってくれていました。
自分にとっては永久に憧れの男です。

投稿: T.Inaba | 2009年6月 2日 (火) 10:32

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